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영화

カンヌが涙したドキュメンタリーあなたの魂を手に乗せて歩け(Put Your Soul on Your Hand and Walk)― セピデ・ファルシ監督の真実

by neptunenim 2025. 11. 12.
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監督:セピデ・ファルシ(Sepideh Farsi)

脚本:セピデ・ファルシ(Sepideh Farsi)

出演:セピデ・ファルシ(Sepideh Farsi)/ファティマ・ハッスーナ(Fatima Hassouna)

上映時間:113分


イラン出身の映画監督セピデ・ファルシが手掛けた2025年のドキュメンタリー映画『あなたの魂を手に乗せて歩け』は、ガザ地区における過酷な現実を、遠く離れた地から見つめるまなざしで描いた深い人間ドラマです。

この作品は、フランス・パレスチナ・イランの共同制作として完成し、カンヌ国際映画祭のACID部門でワールドプレミア上映が行われました。観客の多くが涙を流し、長いスタンディングオベーションが続いたというエピソードが示すように、作品の持つ力強いメッセージは国境を越えて人々の心に響きました。

この映画の中心にいるのは、パレスチナの若きフォトジャーナリスト、ファティマ・ハッスーナという女性です。彼女はイスラエル軍の攻撃が続く中でも、故郷ガザで日々を生き抜きながら、写真を通して現地の姿を世界へ発信し続けていました。

監督のファルシは、フランス・パリに亡命して暮らしており、戦火の地に直接入ることはできませんでした。代わりに彼女はカイロに渡り、ガザとの国境であるラファを越えようと試みますが、封鎖のため入域が叶いません。そこでファルシはハッスーナと出会い、二人はインターネットを通じてビデオ通話を重ね、映画の構想を育てていきます。

『あなたの魂を手に乗せて歩け』は、この一年にわたる二人の映像交流から生まれた作品です。
戦場の現実がスマートフォンの画面越しに伝えられ、画面の向こうでハッスーナの声が震えながらも強く響く。その一方で、通信が途切れたり、爆撃の音が混じる瞬間も記録されています。観客は、監督と被写体という関係を超えた「共鳴するふたりの女性」の姿を目撃します。

この構成によって、映画は単なる戦争記録ではなく、遠く離れた場所から手を伸ばし合う人間同士の絆を描く作品へと昇華しています。ファルシ監督がガザに入れないという「制限」こそが、むしろこの映画の詩的な力を生み出しているのです。

ハッスーナは、爆撃で崩壊した街を歩き、破壊された建物の前で子どもたちの姿をカメラに収めます。彼女の写真は、単なる報道ではなく、静かな祈りのような美しさをたたえています。そこに写るのは絶望の中に残るわずかな希望であり、人間の尊厳そのものです。

彼女の語り口には悲嘆よりも、周囲の人々を思いやる優しさがありました。自らの苦境よりも、飢えた子どもや負傷者のことを口にする姿は、観る者に深い敬意を抱かせます。


映画の後半、ハッスーナの住む北ガザは激しい空爆にさらされます。友人や親戚を次々と失いながらも、彼女は撮影を止めませんでした。その行為は、もはや記録ではなく「存在の証明」と呼ぶべきものでした。

2025年4月15日、ファルシ監督は彼女にカンヌ映画祭への正式出品が決定したことを伝えます。電話越しに喜び合い、「いつかフランスで会いましょう」という言葉が交わされました。だが、その翌日、ハッスーナと家族9名は空爆によって命を落とします。

この悲劇によって、映画はひとりの女性の「生きた証」となりました。ファルシ監督は編集の過程で幾度も映像を見返し、彼女の声を通じて「彼女がまだここにいる」と感じたと語っています。

上映当日、カンヌではハッスーナへの追悼の意が捧げられました。審査員長のジュリエット・ビノシュは開会式で「彼女は本来、今この場にいるべき人だった」と語り、芸術が持つ証言としての力を讃えました。その言葉に、会場の観客たちは深い静寂の中で立ち尽くしたといいます。

この出来事を受けて、350名以上の俳優や映画人が連名で声明を発表し、戦争と暴力に対する沈黙を拒絶しました。その中には、リチャード・ギア、ホアキン・フェニックス、ギレルモ・デル・トロなど多くの著名人が名を連ねています。映画が現実と交差する場所で、彼らの声はひとつの連帯を示しました。

批評家の反応も極めて高く、The Hollywood Reporterのジョーダン・ミンツァーは本作を「地獄の中で生き抜く才能ある若い女性の親密な肖像」と評し、「この映画は単なる告発ではなく、未加工の現実そのものを見せる証言である」と述べました。

Screen Internationalのアラン・ハンターは、「彼女の言葉には自己憐憫の影もなく、いつも他者のために行動していた」と記し、「彼女の明るさと希望は絶望の中でこそ輝いていた」と称えました。

これらの評価が示すように、『あなたの魂を手に乗せて歩け』は、単に戦争の悲劇を描いた作品ではなく、人間がいかに希望を失わずに生きるかを問いかける作品です。

音楽はシナ・ペイガミによって手掛けられ、電子音とアラブの伝統楽器が交錯する独特の音響が印象的です。その音の層は、ハッスーナの映像に静かに寄り添い、時に祈りのように響きます。画面に広がる破壊の風景に、音楽が温かみを与えているのです。


編集を担当したファルシとファラーナズ・シャリフィは、断片的な映像をつなぎ合わせながらも、あえて「空白」を残しました。通信の途切れた無音の数秒が、爆撃の轟音よりも深い意味を持ちます。その静けさは観客の胸に痛みとして残るのです。

この作品が持つ最も大きな魅力は、監督自身の存在の仕方にあります。彼女は一方的に「撮る側」ではなく、むしろ対話を重ねる「聞く側」として立っています。ハッスーナの映像に寄り添い、時には沈黙し、彼女の言葉を受け止めながら作品を紡ぐ姿勢が、作品全体に真摯な温度を与えています。

ファルシは、監督である前にひとりの女性としてハッスーナと向き合いました。その結果、映画は「遠くから見つめる戦争記録」ではなく、「共に語り合う記憶」として完成したのです。

『あなたの魂を手に乗せて歩け』は、単なる映像作品を超えて、見る人に「いま、世界で起きていることを自分の手の中で感じるように」というメッセージを投げかけています。

スクリーンの向こうの出来事を他人事として見るのではなく、自らの手のひらにその痛みを受け止めるように――。タイトルの意味には、そのような願いが込められています。

ファルシ監督が描くのは、破壊された街の映像ではなく、その中でなお生きようとする人の姿です。ハッスーナのまなざしを通して、観客は「希望とは何か」「記録とは何のためにあるのか」を静かに考える時間を与えられます。

映画の終盤、カメラは空へと向かいます。そこに写るのは爆煙ではなく、柔らかな朝の光でした。その瞬間、ハッスーナの声が再び響きます。「まだ撮るべきものがある」。その言葉は、彼女の死後もなお、この映画の中で生き続けています。

『あなたの魂を手に乗せて歩け』は、現実の悲劇を超えた場所で、芸術の意味を問い直す作品です。観客に静かな衝撃を与え、そして見終えたあとも長く心の中で響き続けます。

この映画を観ることは、誰かの痛みを「知る」ことではなく、「共に感じる」ことの始まりなのだと思います。セピデ・ファルシがハッスーナと交わした映像の対話は、時を超えて観る者の魂へと手渡されていくのです。

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